東京高等裁判所 平成6年(行ケ)262号 判決 1997年4月23日
神奈川県川崎市幸区堀川町72番地
原告
株式会社東芝
代表者代表取締役
佐藤文夫
訴訟代理人弁理士
竹花喜久男
同
外川英明
同
田中久子
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
岩崎伸二
同
菅野嘉昭
同
及川泰嘉
同
小川宗一
主文
特許庁が、平成3年審判第4465号事件について、平成6年9月9日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者が求めた裁判
1 原告
主文と同旨。
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和60年5月7日、名称を「翻訳処理方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭60-96322号)が、平成3年1月10日に拒絶査定を受けたので、同年3月7日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成3年審判第4465号事件として審理したうえ、平成6年9月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月26日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
入力された原文中の各原語に対応した訳語を求めるとともに、前記原語のうち述語についてその変化の仕方に関する情報を検出し、この情報と前記訳語を用いて訳文を生成し、生成された訳文を表示部に表示する翻訳処理方法において、
検出された前記変化の仕方に関する情報を記憶しておき、
表示された前記訳文の述語に対し修正を施す場合、この述語に対応する原語の訳語候補を予め原形で記憶された記憶部から読み出し、
読み出された訳語候補から修正すべき訳語を1つ選択し、
選択された訳語に対し、記憶された前記変化の仕方に関する情報に基づく変形処理を施し前記表示部に表示することを特徴とする翻訳処理方法。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、特開昭59-146381号公報(以下「引用例」といい、そこに記載された発明を、「引用例発明」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないとした。
なお、審決書中、2頁13行の「前記の述語」は「前記訳文の述語」の、3頁20行の「過去形、否定形」は「未然形、連用形、終止形、連体形、仮定形」の、4頁16行の「種類」は「類語」の、6頁3行、同頁4行及び同頁11行の「言語」は「原語」の、8頁2行、同頁5~6行及び同頁8行の「課程」は「過程」の、それぞれ、誤記であることは、当事者間に争いがない。
第3 原告主張の取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨、引用例の記載事項の認定は認める。
本願発明と引用例発明の一致点の認定は否認する。相違点の認定は、「翻訳実行の一例として」(審決書5頁12~13行)を除いて、認めるが、その判断は争う。
審決は、本願発明と引用例発明の対比において、引用例発明の技術内容を誤認した結果、相違点の判断を誤る(取消事由1)とともに、相違点を看過して進歩性の判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 本願発明と引用例発明の対比
本願発明は、原文から訳文を生成し、生成された訳文を表示部に表示するまでの過程(以下「第1の過程」という。)において、「検出された前記変化の仕方に関する情報を記憶しておき」、生成された訳文中の訳語の修正をオペレータからの指示に従って行なう過程(以下「第2の過程」という。)において、「選択された訳語に対し、記憶された前記変化の仕方に関する情報に基づく変形処理を施している」ものである。すなわち、本願発明は、第1の過程で得られた「変化の仕方に関する情報」を第2の過程へ受け渡すことにより、訳文の修正を効率良く実現することをその特徴の1つとしているものである。
これに対して、引用例発明は、訳文(訳文ではない文章の場合にはその文章)の校正処理方法であって、翻訳処理方法ではない。すなわち、引用例発明は、訳語の修正を行なう第2の過程において、オペレータにより指定された訳語に対し、訳語の活用変化形を得て、これにより訳語の修正の際の変形処理を行なうものであり、原文から訳文を生成する処理とは全く別個に、訳文の校正を独立して実現するためのものである。このことは、引用例発明が訳文のみではなく、ワードプロセッサにおいて作成された文章、すなわち、原文が存在しない文章の校正処理をも対象としている(例えば、甲第6号証5頁左下欄4~7行)ことから明らかである。
したがって、修正を施す場合に選択対象となるのは、本願発明では、訳文の述語に対応する原語の訳語情報であるのに対し、引用例発明では、原文ではなくその訳文(訳文ではない文章の場合にはその文章)の述語の同類語であって、原語の訳語情報ではない。その結果、引用例発明における単一の訳語に対する複数の同類語は、原語の訳語情報と必ずしも一致するものではない。例えば、「take」の訳語である「取る」の同類語である「盗む」は、「take」の訳語とはなり得ないのであるから、引用例発明の「訳文の述語の同類語」は、「述語に対応する原語の訳語情報」ではない。
また、本願発明では、述語の変化の仕方に関する情報を、原文から訳文を生成する過程で検出して訳語の修正の際まで記憶しておき、この記憶された情報を用いて選択された訳語の変形処理を行うのに対し、引用例発明では、校正対象の訳文(訳文ではない文章の場合にはその文章)に対して改めて独立に形態素解析を行なって述語の変化の仕方に関する情報を得るものである。
2 相違点についての判断の誤り(取消事由1)
審決は、引用例発明と本願発明とは、「述語に対応する原語の訳語情報」から修正すべき訳語を選択する点で一致すると認定したうえ、両発明の相違点として、「本願発明においては上記『原語の訳語情報』は、『訳語候補』であること、すなわち、原語に対応して複数の訳語候補を記憶しているのに対して、引用例においては、原語に対応する単一の訳語を見出し語とし、見出し語に対して複数の同類語を記憶する点で相違する。」(審決書6頁18行~7頁3行)とし、その相違点について、「引用例において、上記訳語情報として単一の見出し語に対する複数の同類語を用いることに代えて本願発明のような複数の訳語候補を用いる構成とすることは、当業者が必要に応じて任意に選定しうる事項に過ぎない。」(同7頁10~14行)と判断した。
しかし、前記のとおり、誤った訳語を適切に修正するに当たって、本願発明では、いったん原語に戻ってその訳語候補を引くことができるが、引用例発明においては、原語に戻ってその訳語候補を引くことことはなく、「訳文の述語の同類語」は、「述語に対応する原語の訳語情報」ではない場合があるから、訳語の同類語を引いても適切な訳語を得ることができない。したがって、同類語を用いることに代えて訳語候補を用いることは不可能であり、審決の上記判断は誤りである。
また、審決は、特開昭58-192173号公報(甲第7号証、以下「慣用例」という。)に示されるように、「原語に対応する複数の訳語候補を記憶させておき、読み出された訳語候補から修正すべき訳語を1つ選択するようなことは慣用の技術」(審決書7頁6~8行)であるとするが、この判断は誤りである。すなわち、上記公報には、何らかのコマンドを入力するという方法で修正すべき訳語が特定された後、辞書に登録された複数の訳語候補の1つの最新使用訳語フラグをオンにすることは開示されているが、記憶された複数の訳語候補を読み出し、その中から1つを選択するという方法で修正すべき訳語を特定することについては、何ら記載されていないので、上記公報に記載された機械翻訳における訳語選択方式は、第1言語による文章を第2言語に翻訳する際の訳語の選択に関するものであり、本願発明のように、第1言語から第2言語に翻訳された後における修正方式とは、その対象を異にしているから、上記公報を根拠として上記慣用技術を認定することは誤りである。
以上のとおり、審決は、引用例発明の技術内容及び慣用技術を誤認した結果、相違点についての判断を誤ったものである。
3 相違点の看過と進歩性の誤認(取消事由2)
審決は、本願発明の「原文から訳文を生成する過程で検出し、記憶しておいた変化の仕方に関する情報を訳語の修正の際まで記憶しておき、この記憶された情報を用いて選択された訳語の変形処理を行う」構成のうち、「『述語の変化の仕方に関する情報を翻訳処理の過程で検出して記憶する』要件は特許請求の範囲には記載されていない」(審決書8頁5~7行)と認定した。
しかしながら、特許請求の範囲の「検出された前記変化の仕方に関する情報を記憶しておき」との記載が上記要件に該当することは明らかであるから、審決の上記認定は誤りである。すなわち、本願発明の要旨を示す特許請求の範囲の記載(甲第5号証別紙)によれば、本願発明の「述語の変化の仕方に関する情報」は、「原文から訳文を得る過程で検出される」ものであり、その「原文から訳文を得る過程で検出された述語の変化の仕方に関する情報」は「記憶」され、「表示された前記訳文の述語に対し修正を施す場合」、選択された訳語に対し、「記憶された前記変化の仕方に関する情報」に基づいて「変形処理」が施されるものであることが明らかである。
さらに、審決は、引用例発明においても、「述語の変化の仕方に関する情報を翻訳処理の過程で検出して記憶しておく」要件は備えており、本願発明の処理と同様であるとする(審決書8頁7~15行)。
しかしながら、前記のとおり、引用例発明において、検出された変化の仕方に関する情報は、第2の過程において、オペレータにより指定された訳語に対し、第1の過程とは独立に解析を行なうものであるから、第1の過程において、検出された変化の仕方に関する情報を記憶しておき、これを第2の過程において、訳語の修正に用いることは、開示されていないものである。
そもそも、引用例発明は、同一言語内で、文章中に使用する言葉がその文章の文脈においてより適切な表現となるようオペレータが校正する処理の実現のためのものであるから、引用例発明では、選択された語の語尾変化に関する情報は、校正される文(訳文あるいは文章)それ自体から求めるものであり、原文がどのような変化をしていたかという情報は全く考慮されない。
そして、引用例発明のような、生成された訳文あるいは文章に対し改めて、校正したい訳語の同類語を検索するために訳語の活用変化形を調べ、この情報を用いて選択された同類語を変形する技術を、翻訳において生じる誤訳の修正処理に応用したのでは、原文から訳文を生成するために当然行なわれる述語の変化の仕方に関する情報の検出処理とは独立して、指定された語の修正のために訳文自体を再度文法的に解析しなければならないことになる。このような技術では、翻訳における誤訳の修正に、本来第1言語から第2言語へ翻訳するシステムには不要な第2言語の解析処理を含めて、二重の解析処理が必要となってしまうため、翻訳処理を実現するプログラム及び辞書の規模が大きくなってしまい、また、修正の際の処理速度も遅くなってしまう。
これに対して、本願発明では、原語(例:take)の訳語候補の中から選択された訳語(例:連れて行く)に対し、原文から訳文を生成する過程で述語の変化の仕方に関する情報(例:過去形、否定形)に基づいた変形処理を行なう(例:連れて行きませんでした)。このように、本願発明の、原文から訳文を生成するために検出した述語の変化の仕方に関する情報を利用して、選択された訳語の変形処理を行なおうとする技術思想は、原文との関係に全く依存せずに訳文の中で閉じた校正を行なう引用例発明からは示唆されず、この点において、本願発明と引用例発明では相違するものである。
そして、本願発明では、原文から訳文を生成するために当然行なわれる述語の変化の仕方に関する情報の検出処理の結果を訳文の修正の際に有効に利用するから、訳文を改めて解析する処理は不要であり、より小規模なプログラム及び辞書で、また、より早い処理速度で、訳語の修正を実現することができる。
なお、被告の引用する特開昭59-140582号公報(乙第1号証)、コンピュータ・サイエンス誌「bit」Vol.15、No.3(昭和58年3月1日発行)掲載論文「モンテギュー文法に基づく機械翻訳への新しいアプローチ」(乙第2号証)、電子通信学会論文誌VOL.57-D,NO.7(昭和49年7月25日発行)掲載論文「D-treeモデルとそれに基づく英日機械翻訳のための言語分析について」(乙第3号証、以下これらの乙号証を総称して「本件周知文献」という。)には、「原文から訳文を生成する過程」において、原語の変化の仕方の情報を検出することが開示されているが、これらの変化の仕方の情報は、いずれも翻訳処理システムの内部で自動的に行なわれる第1の過程における訳文生成のために用いられるものであり、本願発明のように、いったん生成され表示画面に表示された訳文中の訳語の修正処理を行う第2の過程において、これらの情報を用いることについては開示されていない。したがって、上記の本件周知文献から、引用例発明において、「原語の述語についての変化の仕方に関する情報に基づく変形処理」も当然のこととして理解できるものではない。
以上のとおり、審決は、引用例発明と本願発明との相違点を看過して両発明の処理を同視し、本願発明の有する作用効果を看過した結果、その進歩性の判断を誤ったものである。
第4 被告の反論
審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由は理由がない。
1 本願発明と引用例発明の対比について
引用例(甲第6号証)の記載(同号証2頁右上欄8行~左下欄4行)によれば、引用例発明の言語処理システムは、訳文の校正を含めて、全体として所望の翻訳処理を実行しているものと認められるから、審決の引用例発明の技術内容の認定に誤りはない。
2 取消事由1について
引用例発明における「同類語」は、「原語の訳語情報」に含まれる概念であるから、引用例発明と本願発明とは「訳文の述語に対する原語の訳語情報から修正すべき訳語の選択をする」点では一致している。
また、審決が参照文献として挙げる特開昭58-192173号公報(甲第7号証)には、機械翻訳に用いる辞書メモリに、第1言語の見出し語(本願発明でいう「原語」)に対し、複数の訳語情報(本願発明でいう「複数の訳語候補」)を記憶させておき、読み出された訳語情報から修正すべき訳語を1つ選択するようにした技術が開示されており(同号証2頁左下欄6行~右下欄3行、3頁右上欄11行~17行及び第2図)、「原語に対応する複数の訳語候補を記憶させておき、読み出された訳語候補から修正すべき訳語を1つ選択するようなことは慣用技術」であることは明らかである。原告は、上記公報に記載された機械翻訳における訳語選択方式は、第1言語による文章を第2言語に翻訳する際の訳語の選択に関するものであると主張するが、慣用例には、生成された翻訳結果が表示装置に表示された後の修正処理時に、オペレータの指示に従って辞書に登録された3つの訳語情報の1つを選択していることが記載されている(同号証3頁左上欄18行~右上欄6行、3頁右上欄11行~17行及び第2図)。
したがって、審決の相違点についての判断(審決書7頁5~14行)に誤りはない。
3 取消事由2について
引用例の、訳語の述語についての変化の仕方に関する情報を用いるとの記載は、この変化の仕方が原語の述語についての変化の仕方に依拠するものであることは明らかであり、原語側で述語の変化の仕方に関する情報を検出することは、本件周知文献(乙第1~第3号証)が示すとおり、翻訳処理の技術分野においては、通常行なわれている周知の事項であるから、原語の述語についての変化の仕方の情報に基づく変形処理も当然のこととして理解できる。
また、変形処理を施すためには、検出された変化の仕方に関する情報を記憶しておく必要があることは、当該翻訳が汎用の電子計算機により逐次的(シーケンシャル)に処理されていくこと、及び、汎用の電子計算機による逐次的(シーケンシャル)処理において後続の処理ステップで必要となる情報がそれ以前のステップで得られた場合には記憶手段に当該情報を記憶(保持)しておくことは、それぞれが当該技術分野では立証の不要な技術常識であるから、引用例発明においても、「述語の変化の仕方に関する情報を、原文から訳文を生成する過程で検出して訳語の修正の際まで記憶しておき、この記憶された情報を用いて選択された訳語の変形処理を行なう」構成を備えているということができる。
なお、本願発明の翻訳処理は誤訳の修正処理に限定されるものではないが、仮に、翻訳処理を誤訳の修正処理に限定されるものと解したとしても、引用例発明の「訳語情報として単一の見出し語に対する複数の同類語を用いる」構成を、慣用技術である「複数の訳語候補を用いる」構成に置き換えることにより、原告の主張するような「第2言語の解析処理」を含めて、二重の解析処理の必要がなくなることは明らかであるから、原告主張の本願発明の奏する作用効果は、引用例発明から予測可能な範囲に止まるものである。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 本願発明と引用例発明の対比について
本願発明の要旨が前示のとおりであることは、当事者間に争いがなく、これによれば、本願発明は、「原文中の各原語のうち述語についてその変化の仕方に関する情報を検出し、この検出された変化の仕方に関する情報を記憶しておき、前記訳文の述語に対し修正を施す場合、この述語に対応する原語の訳語候補を予め原形で記憶された記憶部から読み出して修正すべき訳語を1つ選択し、選択された訳語に対し、記憶された前記変化の仕方に関する情報に基づく変形処理を施すこと」を特徴の1つとするものと認められるから、「『述語の変化の仕方に関する情報を翻訳処理の過程で検出して記憶する』要件は特許請求の範囲には記載されていない」とする審決の認定(審決書8頁5~7行)は誤りというほかはない。
また、本願明細書(甲第2~第5号証)の発明の詳細な説明の項には、〔発明の技術的背景とその問題点〕として、「従来、翻訳処理において入力された原文からその訳文を生成する場合、言語生成用データベースに蓄えられている言語情報に従って、入力原文(原語)に対して最も適切な訳文(訳語)を選択し、これを出力するようにしている。この場合、出力された言語(訳文;訳語)の一部を修正するには、そのオペレータによって前記データベースの参照作業を含む全ての言語表現修正作業を行うか、或いは前記データベースを修正した後、改めて言語表現(訳文;訳語)を生成することが必要であった。このような言語表現の修正作業はオペレータに相当の負担を強いることになり、言語表現処理効率の低下を招来していた。また言語表現の修正が上述したように煩わしく、また生成し得る言語表現に大きな制約を受ける為に、所望とする品質の高い言語表現からなる文章を簡易に得ることが困難であった。」(甲第2号証明細書2頁15行~3頁11行)と、〔発明の目的〕として、「本発明はこのような事情を考慮してなされたもので、その目的とするところは、言語生成用のデータベースを有効に利用して所望とする表現形式の言語を簡易に得、また言語表現の修正作業の大幅な簡易化を図ることのできる実用性の高い言語生成方法を提供することにある。」(同2頁9行~3頁18行、甲第4号証補正の内容(3))と、[発明の効果]として、「かくして本発明によれば、表示された訳文の述語に対し修正を施す場合、表示された訳語候補から修正すべき訳語を1つ選択するだけで選択された訳語に対し、活用変化に関する情報に基づく変形処理が施された訳語を表示することができるので修正効率が極め向上する。」(甲第4号証補正の内容(5)3頁6~11行)と記載され、〔発明の実施例〕の説明として、「英文の日本語文への翻訳処理においては、英文中の各原語(句)に対応した訳語(句)が求められ、所定の文法規則に従って文章構成されて出力される。第3図(a)はその一例を示すもので、入力文『I didn't take hime.』に対して『私は彼を取りませんでした。』なる訳文を得た例を示している。この文では、翻訳処理の一過程の解析段階で、述語の動詞について『過去形』の情報と『否定形』の情報が得られる。これらの2つの言語属性情報は、言語表現入力データ17として蓄えられ、これによって前記言語表現データベース1が更新される。しかして上記出力結果から、その『取りませんでした』なる訳語が不適切であるとオペレータが判断すると、その後処理(修正)が行われる。この後処理は、先ず不適切な訳語『取りませんでした』をカーソル等で指示し、その訳語の変更をファンクションキー等で指定する。すると上記訳語『取りませんでした』と、この訳語を得た原語『take』が第3図(b)に示すように呈示される。次に、原語『take』に対する訳語の候補が第3図(c)に示すようにディスプレイ表示される。この場合、その訳語候補はそれぞれその基本形(動詞の終止形)として表示される。ここでオペレータはディスプレイ表示された訳語候補の中から修正したい訳語を、前記カーソルの移動や識別番号のキーボード入力等によって、例えば第3図(d)に示すように『連れて行く』を選択する。この訳語は前記入力部3を介して基本形のまま前記変形言語表現生成部2に与えられる。変形言語表現生成部2ではこのような基本形で表現された言語情報を得て、前述した言語表現データベース1に格納された言語表現の属性情報に従い、その目的とする表現形式の言語として『連れて行きませんでした』を変形生成する。」(甲第2号証明細書9頁13行~11頁10行)と記載されている。
これらの記載によれば、本願発明は、一度原文に対する訳文を生成した後、訳文の一部の述語の修正処理をしようとする場合、その修正の対象となる述語に対して基本形で表示された新たな訳語を選択するだけで、当該述語の活用変化に関する情報に基づき変形処理が施された新たな訳語が自動的に表示されるものであって、当初の訳文の生成過程と当該訳文の修正過程とが密接に連動して翻訳処理を行うものということができる。
これに対し、引用例発明について、審決の引用例の記載の認定は当事者間に争いがなく、引用例(甲第6号証)の発明の詳細な説明には、〔発明の利用分野〕として、「本発明は、言語処理方式に関し、特に自然言語で書かれた文章の校正、すなわち同類語への変更、その他の表現の変更を効率よく行える文章処理方式に関するものである。」(同号証1頁右下欄6~9行)と、〔発明の目的〕として、「本発明の目的は、・・・校正者が訳文あるいは作成文を校正する際、同類語の想起や辞典の参照を必要とせずに校正でき、校正作業を簡略化してシステム全体の効率を上げることができる言語処理方式を提供することにある。」(同2頁左上欄12~17行)と、〔発明の概要〕として、「本発明の言語処理方式は、自然言語の翻訳あるいは文章作成を行う言語処理装置において、同類語が格納されている同類語辞書をフアイルに用意し、同類語の検索指令を入力することにより上記同類語辞書の内容をCRT画面上に表示し、かつ形態素を文章の流れに合致させるとともに、校正処理中に同類語を認識して上記同類語辞書に追加登録を行うことに特徴がある。」(同2頁左上欄19行~右上欄6行)と記載され、〔発明の実施例〕の説明として、「校正者がCRT画面上の訳文中のある単語に関し同類語の検索を行う際には、先ず、第6A図のようにCRT画面上でその語を指定する(ステツプ101)。その語について、形態素解析用の辞書をシステムが検索し、語幹、活用変化を調べ、終止形に変換し(ステツプ102)、続いて同類語辞書を検索し(ステツプ103)、得られた同類語をCRT画面上に表示する(ステツプ104)。校正者が、表示された同類語のうち、適切な同類語を発見したならば、端末装置1を操作して所望の同類語を選択する(ステツプ105、106)。次に、第6B図において、前段階で調べた活用変化形をもとにして、同類語の語尾変化を行う(ステツプ107)。その後、選択された同類語の使用頻度の操作を行い(ステツプ108)、同類語辞書をその見出し語に関して更新する(ステツプ109)。そして、最後に、語尾変化をさせた同類語を画面上の指定された単語と入れ替える(ステツプ110)。」(同3頁右上欄3行~左下欄1行)と記載されている。
これらの記載によれば、引用例発明は、翻訳文や作成された文章について、その中の特定の単語に関し同類語辞書を用いて校正や表現の変更を行うものであり、その際、形態素解析用辞書により単語の語幹、活用変化を調べ、新たに選択された同類語に対しても、調べた活用変化形を基にして、自動的に同類語の語尾変化を行うものと認められる。
そうすると、本願発明では、訳文の一部の述語の修正処理をしようとする場合に、原文に対する訳文を生成する際に記憶された当該述語の活用変化に関する情報に基づき、基本形で表示された新たな訳語に変形処理が施されたものであって、当初の訳文の生成過程と当該訳文の修正過程とが密接に連動して翻訳処理を行うのに対し、引用例発明には、そのような関連性はみられず、一度生成された訳文又は作成された文章を基本として、この訳文又は文章につき同類語辞書を使用することにより正確かつ効率よく洗練されたものとするとの技術思想に基づくものと認められ、引用例(甲第6号証)には、本願発明におけるような訳文を修正する際に原文に戻って新たに訳文を生成しようとすることや、訳語の同類語を選択する際、従前の訳語に対応する原語の訳語の範囲内においてのみ同類語を選択することなどは、全く開示されていないし、示唆されてもいないことが認められる。すなわち、引用例発明は、この点において、本願発明とは基本的に技術的思想を異にする発明というべきものと認められる。
そして、審決には、このような本願発明と引用例発明とが技術的思想を異にする発明であることを認識した上で、その一致点及び相違点を認定した形跡は認められないから、審決の本願発明と引用例発明との一致点及び相違点の認定は、正確に両発明を対比したものとは認められない。
2 取消事由1及び2について
前示のとおり、本願発明と引用例発明とは基本的に技術的思想を異にする発明であって、審決の本願発明と引用例発明との一致点及び相違点の認定が正確に両発明を対比したものとは認められない以上、この誤った一致点及び相違点の認定を前提とした審決の本願発明の進歩性の判断もまた再考を要するものというほかはない。
仮に、「原語に対応する複数の訳語候補を記憶させておき、読み出された訳語候補から修正すべき訳語を1つ選択するようなこと」(審決書7頁6~8行)が参照文献として審決の挙げた特開昭58-192173号公報(甲第7号証)に示されるとおり慣用の技術であり、また、本件周知文献(乙第1~第3号証)に、「原文から訳文を生成する過程において、述語の変化の仕方の情報を検出する」技術が開示されているとするならば、これらの発明を含め適切な引用例を示して、それとの対比において本願発明の進歩性を判断すべきものと思われる。
以上のとおり、審決は、本願発明が引用例発明に基づいて容易に発明できたとした点において誤りであり、違法として取り消されなければならない。
3 よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 清水節 裁判官芝田俊文は、転官のため、署名捺印することができない。 裁判長裁判官 牧野利秋)
平成3年審判第4465号
審決
神奈川県川崎市幸区堀川町72番地
請求人 株式会社東芝
東京都港区芝浦1丁目1番1号 株式会社東芝 本社事務所内
代理人弁理士 則近憲佑
昭和60年特許願第96322号「翻訳処理方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年11月13日出願公開、特開昭61-255469)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない.
理由
本願は、昭和60年5月7日の出願であって、その発明の要旨は、補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次の通りのものと認める。
「入力された原文中の各原語に対応した訳語を求めるとともに、前記原語のうち述語についてその変化の仕方に関する情報を検出し、この情報と前記訳語を用いて訳文を生成し、生成された訳文を表示部に表示する翻訳処理方法において、
検出された前記変化の仕方に関する情報を記憶しておき、
表示された前記の述語に対し修正を施す場合、この述語に対応する原語の訳語候補を予め原形で記憶された記憶部から読み出し、
読み出された訳語候補から修正すべき訳語を1つ選択し、
選択された訳語に対し、記憶された前記変化の仕方に関する情報に基づく変形処理を施し前記表示部に表示することを特徴とする翻訳処理方法。」
これに対し、前置審査における拒絶の理由に引用された特開昭59-146381号公報(昭和59年8月22日公開、以下引用例という。)には、翻訳処理方法が記載されている。
引用例においては、第1言語の英語から第2言語の日本語に翻訳するシステムについて説明されているが、第1図を参照すると端末装置1に設けられている記憶装置3は、英語テキスト・エリア31、日本語テキスト・エリア32、形態素解析用辞書エリア33、同類語辞書エリア34で構成されている。
上記形態素解析用辞書の構成は第2図、第3図に説明されており、この辞書には活用する単語(品詞は、動詞、形容詞、形容動詞)に関して、活用変化した形がすべて見出し語として登録されていること、各見出し語の中の情報としては、活用の種類、活用形の種類を表す記号、及び語幹が格納されていること、述語の語尾変化を活用の種類、活用形の種類に対応させて記号で表示すること、活用形の種類には過去形、否定形、命令形等を含むこと、が記載されている。
また、同類語辞書の構成は第4図、第5図に説明されており、見出し語として終止形が登録されること、各見出し語の内容として語幹、活用の種類を表す記号、使用頻度が格納されること、例えば「買う」という見出し語に対応して、語幹として、「購入」、「購買」ーー等が格納されていること、が記載されている。
引用例における翻訳文の校正方法が第6A図、第6B図のフローチャートに記載されているが、この点に関して引用例の公報539頁右上欄の記載を参照すると、
「中央計算機8によって翻訳処理された訳文が、端末装置1のCRT画面上に表示された場合、校正者がCRT画面上の訳文中のある単語に関し同種類の検索を行う際には、先ず、第6A図のようにCRT画面上でその語を指定し、その語について、形態素解析用の辞書をシステムが検索し、語幹、活用変化を調べ、終止形に変換し、続いて同類語辞書を検索し、得られた同類語をCRT画面上に表示する。校正者が、表示された同類語のうち、適切な同類語を発見したならば、端末装置1を操作して所望の同類語を選択する。次に第6B図において、前段階で調べた活用変化形をもとにして、同類語の語尾変化を行う。その後、選択された同類語の使用頻度の操作を行い、同類語辞書をその見出し語に関して更新する。そして、語尾変化をさせた同類語を画面上の指定された単語と入れ替える。」
旨が説明されている。
そして、第12図(a)、(b)、(c)及びその説明を参照すると、引用例の翻訳実行の一例として、「買わない」という訳文中の否定形の単語をCRTに表示し、「買わない」の終止形である「買う」の同類語のリストの中から「購入する」を選定し、活用表から求めた活用語尾から最終的に否定形の「購入しない」に変換した結果を表示することが記載されている。
以上の引用例の記載を参酌すると、引用例には本願発明と同様の翻訳処理方法が記載されているというべきであり、具体的には両者は、
「入力された原文中の各言語に対応した訳語を求めるとともに、前記言語のうち述語についてその変化の仕方に関する情報を検出し、この情報と前記訳語を用いて訳文を生成し、生成された訳文を表示部に表示する翻訳処理方法において、
検出された前記変化の仕方に関する情報を記憶しておき、
表示された前記訳文の述語に対し修正を施す場合、この述語に対応する言語の訳語情報を予め原形で記憶された記憶部から読み出し、
読み出された訳語情報から修正すべき訳語を1つ選択し、
選択された訳語に対し、記憶された前記変化の仕方に関する情報に基づく変形処理を施し前記表示部に表示する翻訳処理方法」
である点で一致し、本願発明においては上記「原語の訳語情報」は、「訳語候補」であること、すなわち、原語に対応して複数の訳語候補を記憶しているのに対して、引用例においては、原語に対応する単一の訳語を見出し語とし、見出し語に対して複数の同類語を記憶している点で相違する。
上記相違点について検討する。この種の翻訳処理において、原語に対応する複数の訳語候補を記憶させておき、読み出された訳語候補から修正すべき訳語を1つ選択するようなことは慣用の技術であり(例えば特開昭58-192173号公報を参照)、引用例において、上記訳語情報として単一の見出し語に対する複数の同類語を用いることに代えて本願発明のような複数の訳語候補を用いる構成とすることは、当業者が必要に応じて任意に選定しうる事項に過ぎない。
また、それによって得られる効果も当業者が予測可能な範囲に止まるものである。
なお、請求人は平成4年3月30日付の意見書において、本願発明と引用例との相違点について述べているが、その中で、本願発明の「選択された訳語を変形処理する際に用いる述語の変化の仕方に関する情報を翻訳処理の課程で検出して記憶しておく」点が引用例には記載されていない旨を主張しているので、この点について付言すると、「述語の変化の仕方に関する情報を翻訳処理の課程で検出して記憶する」要件は特許請求の範囲には記載されていないが、引用例においても前記第12図の例にあるように、翻訳処理の課程で「買わない」という否定形の述語情報(述語の変化の仕方に関する情報、この場合には否定形を検出している)を記憶させておき、最終的には「購入しない」という否定形の述語を表示させていることは前記した通りであるので、この点の処理も請求人の主張する本願発明の処理と同様であり、特に相違するものではない。
したがって、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定によって特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成6年9月9日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)